住所:
神紋:
左三つ巴、十六菊、五七桐
御祭神:
譽田別命
御由緒:
当社は桓武天皇の御宇、名子郷の名子浦に八幡大神が出現し給い、忽然当宮へ御神幸の瑞祥あり、浦人等はいとも畏し、逸早く御拝せんものと馳せ参りたるに、既に御尊影は消させ給いて、神馬の沓跡のみ残っていたので、浦人等は尊き狼の御幸地と祝ぎて、御殿を建て大神を斎き奉り、里の名をも名子郷と称えて居たが、これに因みて大字名を沓浦と名づけ、社を正八幡宮と尊称したと伝えられている。

『敦賀郡神社誌』より引用

創建:
不明
社格:
無格社

◆◆◆

雑感:

にある八幡神社です。

ここ沓にも名子、縄間と同様に八幡神伝説が残っている。
八幡神の沓跡が残っていたため、村名を沓と改めたという地名起源説話である。

碑の正八幡とは正八幡大菩薩のことで、神仏習合時代の名残である。明治時代に神仏分離政策が行われたが、こういった碑は特に問題にならなかったのだろうか?

八幡神社の境内社は全部で三社あり、その内の一つに磯邊神社というものがある。この磯邊神社(写真:左中央の左側)は昔時志摩国から勧請したものと言われている。どう言う由縁かは記載されていない。
また稲荷神社もあり、元々は近くの古墳に建てられていたそうだ。

敦賀の古社の多くは近くから古墳が発見されている(敦賀だけの話ではないが)。
これは、古代の有力者が村の祖神として祀られていた可能性があるということである。
時を経るにつれ、祀られているモノの名が変わり、対象が変わり、本来の神が忘れられてしまったのではないだろうか。

日本には八百万の神がいるが、その多くはこのように本当の名を失った神だと思う。残念な気持ちもあるが、伝統が長い分仕方ないとも言える。
境内の趣
全体の森厳さ
場所の分り難さ
※★は評価ではなくあくまで個人的な好きポイントです。

 

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