住所:
神紋:
調査中
御祭神:
應神天皇
御由緒:
当社は往昔区民が鰯網を引きたるに、鰤や烏賊が網に充満していたので、漁民等大に喜び、舟に積み磯に上げたところ、網の中の魚類と共に、金銅の神像一身を発見したので、今更の如く狂喜感激し、これ正しく八幡大神の御神像である。
あな畏し如何にせんと事議りてありけるに、其夜浦人の小兒に神憑まし、御身に甲冑を着け、左右に弓箭を持ちて、白馬に乗御し給える大神出現ましまして、此の地に社殿を建てて吾れを祀るべしと告げ給いて、東北の空へ走り給うと言うのであった。
よって区民等は畏き神託を奉じ、直に地を開き社殿を建てて斎き祀った、これ即ち当社創立の由来で、後に弓矢八幡と尊称し奉ったと伝えられている。

『敦賀郡神社誌』より引用

創建:
不明
社格:
無格社

◆◆◆

雑感:

名子にある八幡神社です。

名子は西浦十ヶ浦の一つで、市街からは二村を超えて2番目の集落である。
当神社は、集落中央に在るお寺、明光寺に隣接している。車を止める場所が無いので、行く時は気をつけねばならない。

社殿は見た通り、質素な作りであるが、玉砂利が敷かれ、境内も綺麗に整えられている。

由緒の八幡神の伝説は、縄間、名子、沓に共通して残っている伝説で、縄間、沓に関しては、それぞれ村名の起源説話となっている(縄間、沓の項に記載する)。

ここでは年代は述べられていないが、縄間の八幡神社の由緒では、名子に八幡神が現れたのは桓武天皇の御代(781-806)だと言う。

伝説が3つの村に跨って残っているというのは興味深い。

境内の趣
全体の森厳さ
場所の分り難さ
※★は評価ではなくあくまで個人的な好きポイントです。

 

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