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住所: |
文化財: |
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カテゴリ: |
小祠 |
由緒: |
阿曽は昔から火難が多かった。 谷某と言う石屋さんがいた。 ある時の夢に「かた山のチョチョボ(頂上近く)に行者さんを祀ったら阿曽は火難に遭わないだろう」と言われた。 石屋さんの谷某氏が行者さんの像を彫って御祀りしたが、何時の頃なのか詳らかではないが、夢のお告げ通りかた山の頂上近くに行者さんが錫杖を持って岩に腰かけ、アゴ髭の長い像が阿曽石で作られてお堂に祀られていた。 『郷土史 阿曽』より引用 |
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築造時期: |
不明 |
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雑感: | 〜小祠発見伝 第2回 阿曽〜 小祠発見伝第2回は阿曽かた山の行者さんです。 この行者さん、由緒にも書いた通り、阿曽のかた山の頂上付近にある(写真:左下)。 そもそも、この日は行者さんを見に行こうとしたわけではなかった。利椋八幡に行く予定で阿曽に来たのだが、「そういえば利椋峠の神社跡地には碑が建っていると書いてあったな?」といらんことを思い出し、「思い付いたらで即行動」の悪い性分に動かされ、何の準備も下調べもなしに山に登ったのである。 まず登った場所が利椋峠ではなく、かた山。最初から間違っている。跡地なんて行けるはずがない。さらに、何も書いてない山道。もし行者さんが無かったら、ただただつらい思いをして山を登っただけということになる。 実際、ゴールが見えない薄暗い山に登るのはつらい。足場も悪いし、熊が出るかもしれない。それでも怪我もせず、熊にも襲われず、服と靴が泥だらけになっただけで済んだのは行者さんのおかげかもしれない。 行者さんはいたずらしたり粗末に扱うと祟るらしいが、正しく崇め奉れば村の絶大な守護者になってくれる。なんでも、戦中に阿曽が爆撃されなかったのは、行者さんのお力のお陰なのだそうだ。 行者さんは物言わず、かた山から阿曽の村を見守り続けてきた。これからも感謝をし、無事を願うものが絶えない限り、行者さんは阿曽を守り続けるだろう。 |